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研究報告「井伊直弼をめぐる一考察」

こんにちは、二年生のリョウです。
12月3日に行った研究発表に関する報告をさせていただきます。
今回、私は井伊直弼に対する一般的な認識の反論を発表しました、研究によって3つの反論を取りあげました。1、井伊直弼はあくまで勅許を得るまで待つべきを主張した。2、井伊直弼は一般的に独裁者と思われるが、これは大いに再考の余地があると認識しました。3、実は日米修好通商条約を調印しに行ったのは井伊直弼、本人ではありません。
また、安政の大獄について自らの所感を話しました。
井伊直弼は確かに安政の大獄によって在野志士を弾圧しましたが、当時の政治状況から見ると、これは止む得ざる行為だと考えています。その頃、在野志士たちは、天皇を中心とした国づくりの実現を目指しました、その原因で国内の治安が乱れ、幕府の根幹から揺るがしました。大老の座につく井伊直弼は先祖代々、幕府の御恩恵を受け、幕府側は瀬戸際になる時に、死をもって、力を尽くすのは彼の責任ではないかと思いました。もし幕府側は、志士志士たちの行動と言論を放任すれば、日本全国が乱れ、内戦にもつながりかねません。万が一内戦に発展しすれば一番喜ぶのは、西洋列強を始めとする諸外国ではないか、彼らはその内戦に乗じて、対日有害活動を展開する恐れがあります。
実は中国のアロー戦争の例でこのことを十分証明できます。中国でアヘン戦争が勃発した数年後、太平天国の乱が発生しました。清王朝はその反乱を鎮圧するために国力を傾けました。しかし、その時に英仏連軍は在華利益をさらに拡大するため、清王朝に攻め入りました。結果的には、清王朝は内憂外患の状況で、戦争に敗れ、政治不安に陥り、国家運営は大幅に行き詰まりました。この例を顧みると、井伊直弼が行った一連の粛清は国を安定させるための思い出はないかと認識しました。
今回の発表を通じて、先輩と同級生のみんなさんから貴重なアドバイスをいただき、ありがとうございました。今回の発表の史料は少なくて、説得力は足りなかったと思っていました。今後、たくさんの本と論文を読んで、今回の不足を補いたいと考えています。
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