FC2ブログ
プロフィール

bakui

Author:bakui
駒澤大学の公認団体「幕末維新史研究会」の活動ブログです。

初めての方はこちらをご覧下さい。
幕末維新史研究会について
問い合わせなど→19930531rie★gmail.com(★→@)

カテゴリ
最新記事
月別アーカイブ
RSSリンクの表示
カウンター
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
学問・文化・芸術
854位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
歴史
125位
アクセスランキングを見る>>
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
リンク

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

研究報告「明治政府とキリシタン問題―岩倉使節団を中心に―」

こんにちは、またまたまた登場しました
3年の武野です。

遅くなりましたが、12月5日に行いました
研究発表について報告いたします。

今回私が取り上げたのは明治政府とキリシタン問題の関わりです。

江戸時代に鎖国体制をとった理由としてキリシタン問題が挙げられます。
幕末になり日本は開国しますがキリスト教禁教は撤廃されず明治政府も禁教政策を踏襲します。

日本では様々なキリシタン問題が起こります。
特にキリシタン問題を代表する事件、
浦上四番崩れが起こると諸外国から抗議を受けました。
しかし、日本は態度を変えませんでした。

理由として挙げられるのは
島原天草一揆のような反乱がまた起こるのではないかなどキリスト教に対する邪教観などでした。

条約改正の予備交渉や文化などの視察を目的に
派遣された岩倉使節団はキリシタン問題が原因で
訪問先で交渉が難航します。

岩倉使節団を含めた明治政府の要人たちは
キリシタン問題についてどう考えていたのでしょうか。
今回挙げたのは4人。
岩倉使節団では、岩倉具視、木戸孝允はキリスト教解禁に反対し
伊藤博文はキリスト教解禁を強く求めていました。
岩倉はキリスト教が嫌いであったと言われていて
木戸はキリスト教解禁にしたら国内で混乱が生じると
書簡で述べていました。
もう1人、留守政府にいた井上毅。
彼はキリスト教の流入をどのように防ぐか考えた「外教制限区意見案」を起草しています。

キリスト教禁教政策は五榜の掲示の撤廃により
事実上集結します。
条約改正のために妥協したのではないかという
考えがあります。
その後、大日本帝国憲法により信仰の自由がようやく認められました。

総括すると、明治政府はキリシタン問題に関しては曖昧な態度をとり諸外国と交渉を行っていたことがわかりました。
黙許案だったり「近々解禁するけどまだしない」など参考文献や史料を読んでいくうちに
いつまで曖昧な態度をとるのかとツッコミを入れたくなりましたが
当時の日本にキリスト教がすぐに受け入れられる
環境ではなかったのでしょうね。

今後は卒論に向けて取り上げる内容を絞って
掘り下げていきたいと思います。

今回で幕維での研究発表は最後でした。
3年経っても発表は緊張しましたし
レジュメ作成も最後まで苦労する結果となりました。
しかし、1年時、2年時のレジュメと比べると
少しですが成長したのでは…と感じます。

さて、明日は今年度の定例活動最終回
となりました。
1年あっという間に終わりますね。

以上です。
ありがとうございました。

スポンサーサイト

Comment

非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。