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Author:bakui
駒澤大学の公認団体「幕末維新史研究会」の活動ブログです。

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6月25日の活動報告

こんにちは。1年の鈴木です。

今週で6月も終わりますね。早いもので1年も半分が終わろうとしています。思い起こせば、2019年の新年、私は受験生で箱根駅伝も少々我慢しながら、受験勉強していたのを思い出します。

さて、活動報告に移らせていただきます。

今回は『岩崎彌太郎日記』の一部である、「岩崎彌之助宛」書簡について講読しました。

三菱財閥の創始者である岩崎彌太郎が、明治6(1873)年4月19日に、弟である、岩崎彌之助に送った手紙です。
三菱商会となるまでの経緯や、どうして三菱のマークがあの形になったのかが、細かく書かれていました。

1年だけで史料を全訳し、内容を完璧に理解する段階にはまだ達していませんが、2、3年生の先輩方にアドバイスしていただきながら講読しています。

毎回の活動を大切にし、自分達だけで読めるように頑張ります!

以上で活動報告を終わります。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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研究報告「明治期の唱歌教育の意義」

こんにちは!2年の原島です!
今日は6月21日に行いました研究発表についてご報告させていただきます。


私は音楽学者や教育学者の方が書かれた論文をもとに、唱歌の教科化の過程や、国歌などの祝日大祭日唱歌の教育的な意義を、歴史学的に考察しました。


外国文化である西洋音楽を取り入れたこの「唱歌」については、お雇い外国人のメーソンの影響が強いと言われ、研究が進んでいます。

また、唱歌を教科にするために35年もの月日がかかっていること、国歌制定においての軍部と文部省が別々に動いていて、結果海軍の作り始めた「君が代」が国歌となったなど、教育改革が思うように進まなかったこともわかりました。


今回研究してみて、この分野はとにかく歴史学的な先行研究があまりないというのが感じられました。これから翔龍執筆までしばらく時間が空きますが、その間に研究史を遡り、より良いものになるよう努力していきたいと思います。

また、今回も先輩を始め、同輩、後輩と様々な方から指摘をいただきました。ありがとうございました。


以上で報告を終わります。
御閲覧ありがとうございました。

研究報告「佐賀藩の製鉄事業と刀工」

こんにちは、2年の手島です。
6月21日に行われました研究発表についてご報告させていただきます。

今回、「佐賀藩の製鉄事業と刀工」という題で発表させていただきました。佐賀藩は日本で最初の反射炉を築いた藩として知られています。その藩を挙げての製鉄事業に貢献したのは多くの技術者陣ですが、その中の刀工肥前忠吉橋本新左衛門(以下、橋本とします)はどのように携わったのか、製砲技術との関わりを考察しました。

佐賀藩では、技術者達の力を存分に発揮させ、砲術を発展させるために、「火術方」という機関を設けました。これは身分の差関係なしに、実力主義で学者・伝統職人を集めたものでした。また、職人達には以前から士分格が与えられていて、殖産興業発達のためにも、職人の保護をしていたことがわかりました。当然橋本も士分格を持っており、火術方にも任命されました。その数年後には「大銃製造方」が設けられます。これは反射炉の築造・操業を担う人員を集めた機関です。中心となった「御鋳立方の七賢人」は連携して研究を進めていました。刀鍛冶の橋本もその一人で、刀鍛冶が行う脱炭や浸炭の技術が役立てられたと思われます。

今回の研究は、先行研究に頼る部分が多くなってしまいました。また、製鉄史料中の橋本の記述もそう多くなく、深く掘り下げることが困難となってしまいました。今後は、製鉄事業に精力的だった他藩の役員をも検討し、佐賀藩の役員であった橋本の重要性をさらに考察したいです。

今年のこの研究は昨年のようになかなか専門的だった為か、内容に関する質問は多くなかったのですが、発表に関するアドバイスは先輩方、同期からたくさん頂くことができました。ありがとうございました。このままやりたい研究を続けるとさらに専門性が高まってしまうと思われますが、発表の場がございましたらお付き合い頂けると幸いです。

以上で報告を終わります。
ありがとうございました。

研究報告「商人 白石正一郎~志士を支えた陰の功労者~」

こんばんは、2年の久保田です。
今日は6月21日に行いました、研究報告に関してブログに綴らさせていただきます。

私は今回、下関の商人であった白石正一郎に焦点を当て、彼が幕末維新期において果たした役割を、彼が残した日記や、高杉晋作の書簡を中心に、考察を行いました。

白石家には、400人を超える志士が訪れたと言われており、彼らに惜しみない支援を行いました。とりわけ、奇兵隊の結成においては資金を提供し、自身も奇兵隊に参加しています。

幕末維新期において、数多くの志士を支えた正一郎が果たした役割は大きいと考えます。しかしながら、的確に史料を読み解くことができず、先輩方、同期、後輩達から数多くの御指導、御指摘を賜りました。

今後は、今回の発表での反省を踏まえ、さらに深めることができるようにしていきたいと思います。

以上で報告を終わります。
ご清覧いただきありがとうございました。

研究報告「人相書から考察する江戸時代後期の生活・服装―寛政から嘉永年間の御触を中心に―」

こんにちは。2年の赤井です。
6月18日に行われた研究発表について報告させていただきます。

今回は「人相書から考察する江戸時代後期の生活・服装―寛政から嘉永年間の御触を中心に―」という題で発表いたしました。合宿を含め各地の調査で人相書を目にすることがあり、人相書に記載されている事項から当時の人々の生活や服装、背格好を知ることができるのではないか、という疑問を抱いておりましたため、今回の研究テーマとしました。

今回は江戸・大坂・京都で起きた犯罪に関する人相書を使用して考察を進めました。
歯が欠けている人物に着目し、その原因は当時の虫歯治療によって歯が弱くなったという可能性と食生活の充実による酸の摂取量の増加によって歯が脆くなった可能性を考えました。また、服装に関してはどの地域でも縦縞の着物の着用例が多くみられ、当時の流行を考察しました。一方で言語事項の記載にも着目し、当時の人々のなかにも言語に地域差があるという認識があったことも判明しました。

今回の研究では人相書で手配されている人物の生い立ちや人物像が人相書からは読み取ることができず、推測に留まってしまったという点で研究として不十分であると感じました。しかし、人相書の刑事的側面のみならず、文化的側面に注目する視点は悪くなかったと思うので、これから他の研究を行っていく際にもこのような多角的な視点を持って研究を進めていきたいです。

今回は先輩方、同期、後輩の皆さんから多くのご指摘並びに助言を頂くことができました。今回の研究を経て、古文書を使用した研究も行っていきたいと感じましたので一層学習に力を入れていきたいと思います。

以上で報告を終わります。
ここまで読んでくださりありがとうございました。

研究報告「近世から幕末における都市と村の「遊び」の比較」

こんにちは。2年の長谷川です。
6月18日に行われた研究発表について報告させていただきます。

今回は「近世から幕末における都市と村の「遊び」の比較」という題で発表させていただきました。
考察内容としては、近世から幕末にかけて行われていた庶民の遊びには、都市と村ではどのようなものがあったのか、また、それぞれの共通点と異なる点はどのようなものがあるかというものです。

主に都市部の庶民は開帳や見世物、四季の行楽、富くじなどが行われていて、村では、祭礼や村祭りが主に行われていました。
都市の「遊び」は宗教的活動の中で次第に庶民が楽しみを見出し、宗教活動より楽しむことに重きを置くようになりました。また、富くじのようにギャンブル的なものもあり、娯楽的要素が強いものでありました。一方、村の「遊び」は祭礼や村祭りであり、都市の「遊び」よりも宗教的要素が強く、実生活との結びつきが強いものでありました。
しかし、両者とも日常生活の解放であるという点は共通であったと考えられます。

今回の研究は、少し範囲が広かったため、内容が1つずつ希薄になってしまいました。また、村に関する著書や論文、史料がなかなか見つけることができず、これもまた、内容が希薄になってしまいました。次回からはもう少し範囲や着目する点を絞り、濃い内容にすることと、資料を多く集め、確実な根拠のもと考察したいと思います。

今回の発表で、先輩や同期、後輩からたくさんの指摘を頂くことができました。ありがとうございました。今回の研究で新たに研究してみたいことも見つけることができましたし、とても有益になりました。
6月ももうすぐ終わると考えるととても驚きますが、これからもいっそう精進してまいりたいと思います。

以上で報告を終わります。
ありがとうございました。

研究報告「撃剣興行における民衆への影響」

こんばんは。2年の坂脇です。
6月18日に行われました研究発表についてご報告させて頂きます。

今回は「撃剣興行における民衆への影響」という題で、明治時代に行われた撃剣興行の実態や周囲の人々に与えた影響について考察しました。

撃剣興行とは、明治6(1873)年に講武所の剣術師範も務めていた榊原鍵吉が始めたものです。掘立小屋などを作り、剣術を見世物として大衆の前で披露していました。

今回の報告では、榊原が開催した興行を中心に興行を開催した経緯や実際は何が行われていたか明らかにしました。また、新聞を用いて興行を観た人々はどのように感じたのか、興行の中止・再開がどのような経緯だったのかについて考察しました。

今回は一次資料が少なかったため、深く考察することができませんでした。また、一部の地域や流派しか調べることができなかったので、次は他の地域に焦点を当てて研究したいです。

今回は先輩方、同期・後輩の皆さんからたくさんの質問・アドバイスを頂くことができました。
本当にありがとうございました!!
また、剣術繋がりですが、私が兼部してます居合道の稽古も一層精進したいと感じた研究でした。

以上で報告を終わります。
長文失礼致しました。

6月11日の活動報告

こんにちは。2年の赤井です。
寒暖差が大きく、服装に悩む日々を過ごしています。とは言いつつも何を着ようか考える時間は同時に楽しくもあります。皆様も体調にはお気をつけください。

では本題の活動報告のほうに移ります。

今回の活動では「立志社建白」を講読していきました。
この建白書では立志社が片岡健吉を総代として「民撰議院」の設立を明治天皇に対し上奏しています。
政府の専制政治を批判し、日本が近代化を推進していることに言及しています。
また、士族の反乱を憂慮するような記述や幕末に諸外国と結ばれた不平等条約などを断ち切りたいといったことを示していると考えられる文言である「外国ノ凌侮ヲ絶チ」が印象的でした。
以上のことを踏まえて天皇に民撰議院の設立を訴えている、というのが今回の史料でした。

立志社は設立当時、自由民権を掲げながらも西南戦争の西郷軍に呼応していましたが、片岡が社員に説得されて断念したという背景があるということ先輩の解説で知り、大変驚きました。

1年生もだんだん旧字や文体に慣れてきてめきめきと力をつけています!私も負けないように日々研鑽を積んでいこうと思います!

いよいよ来週は2年生によるレジュメ発表が開始します。おのおの満身創痍になりながら作り上げたレジュメですので、きっといい発表になると思います!お楽しみに!

以上で活動報告を終わります。
最後までお付き合いありがとうございました。

6月4日の活動報告

こんにちは。2年の長谷川です。
梅雨が近づき、少しジメジメした気候になってきました。皆さんも熱中症に気をつけて下さい!

さて、活動報告に移らさせていただきます。

今回は『中岡慎太郎全集』の中の「慶応三年十月三日 本山只一郎あて」書簡を講読しました。
薩土盟約後、中岡が本山に宛てたもので、薩土盟約により大政奉還という方針が決まったが、中岡はそれは理想論に過ぎないものであり、やはり、討幕ではないかという内容でありました。

中岡は大政奉還のような武力を使わない政権の返し方に当初は賛成していたものの、薩土盟約後、討幕という考えに傾いたと知り、驚きました。
坂本龍馬に就いていたイメージが強く、中岡がそんなことを考えていたと聞いて、改めて、歴史はイメージに左右されずに、疑いを持ち、多角的に物事を考えることが大切だと思いました!

1年生も少しずつですが、史料を読むことが出来るようになってきました。私も1年の最初は苦労しました。今、1年生に教える立場となり、まだまだですが、少し成長できているかなと感じております!

2年生は再来週にレジュメ発表が控えています。
私も今、必死にレジュメづくりをしています。2年生の皆さん頑張りましょう!

以上で、活動報告を終わらさせていただきます。
ありがとうございました。


2年生研究報告のお知らせ

こんにちは。3年の永田です。
今回は、2年生の研究報告(レジュメ発表)についてお知らせ致します。

【日程】

6月18日(火)18:00〜
教場 : 7-402

○坂脇真夕「撃剣興行における民衆への影響」

○長谷川明香「近世から幕末における都市と村の「遊び」の比較」

○赤井萌心「人相書から考察する江戸後期の生活・服装-寛政から嘉永年間の御触を中心に-」

6月21日(金)18:00〜
教場 : 7-502

○久保田創大「商人 白石正一郎〜志士を支えた陰の功労者〜」

○手島碧香「佐賀藩の製鉄事業と刀工」

○原島実穂「明治期の唱歌教育の意義」

以上の日程で行います。お時間がある先輩方是非聞きにいらしてください。お待ちしています。変更点ある場合はまたお知らせ致します。

以上でお知らせを終わります。ありがとうございました。