プロフィール

bakui

Author:bakui
駒澤大学の公認団体「幕末維新史研究会」の活動ブログです。

初めての方はこちらをご覧下さい。
幕末維新史研究会について
問い合わせなど→19930531rie★gmail.com(★→@)

カテゴリ
最新記事
月別アーカイブ
RSSリンクの表示
カウンター
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
学問・文化・芸術
2320位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
歴史
222位
アクセスランキングを見る>>
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
リンク

研究報告「薩長盟約締結日と坂本龍馬」

こんにちは!
2年の廣井です。
6月22日(木)に行った研究発表について報告させていただきます。

今回は、「薩長盟約締結日と坂本龍馬」という題名で、諸説ある坂本龍馬の盟約締結における役割と、薩長盟約の締結日を考察しました。

薩長盟約の数多い先行研究の中から、今回は一坂太郎氏の慶応2年正月18日説に対して反論を述べつつ、坂本龍馬の手記や木戸孝允の自叙から22日成立説を支持しました。また、坂本龍馬が盟約締結にどのような影響を与えたのか、慶応2年正月23日付の坂本宛木戸孝允書簡とその裏書から考察しました。

今回の研究では、章の関連性が希薄になってしまい、ひとつひとつの章の内容も薄いものになってしまいました。
いただいたたくさんのご指摘や自らの反省を活かして、翔龍へ臨もうと思います。

今回来ていただいた先生、先輩方、同輩、後輩に心より感謝申し上げます。
ありがとうございました。

研究報告「新政府による討伐令」


おはようございます。2年の梅田です。
22日に行われた研究発表についてご報告させていただきます。
今回私は「新政府による討伐令」という題で、鳥羽伏見戦争と徳川慶喜討伐令の意義を中心に報告させていただきました。

戊辰戦争に関する先行研究から鳥羽伏見戦争及び徳川慶喜討伐令とそれに関連する諸藩への令などを抽出し、これまでの先行研究を整理、鳥羽伏見戦争と討伐令の重要性を確認しました。

今回の報告では自身の考察ではなく、先行研究整理が中心となったため、ここから飛龍にむけて、先輩方に頂いたアドバイスを活かし、自身の疑問の解決、自分の言葉での考察ができるよう、努力して行こうと思います。

以上で報告を終わります。
ありがとうございました。

研究報告「長州藩の維新回天」

こんにちは。6/17に報告を終えました2年の辻です。今回私は「長州藩の維新回天」について報告させて頂きました。
以前から長州藩の幕末期の動向に興味を持っていたのと、今年の合宿先を調べている時に維新回天の事について触れて一層興味を触発されたので、このテーマで研究しました。

長州藩は奉勅攘夷を掲げている藩でした。幕末期では、八・一八の政変や禁門の変、長州征討、朝敵の名を受けるという国内の危機から、馬関戦争による外的の危機まで様々な情勢を抱えていました。その中で、なぜ長州藩は朝廷への忠節を尽くし、藩を挙げて倒幕へと向かっていったのでしょうか。このことを対外的危機意識と政局の変化から考察していきました。

今回の報告では、長州藩の概要のようなものが多くなってしまい、また広く取り上げたため考察が薄くなってしまいました。タイトルも内容との関連性がわかりやすい題にすることが必要だと思います。このことを踏まえたうえで、一つ一つの事柄を深く追求し、それらの関係性や影響にも着目できるようになることを今後の課題としたいです。

お忙しい中私達の発表を聞きにきてくださり、また多くのアドバイスを下さった先輩方ありがとうございました。幕維の初めての研究報告で意見を出してくれた1年生もありがとうございました。今後も精進していきます。

以上で研究報告を終わります。お読み頂きありがとうございました!

研究報告「会津戦争と農民階級の人たちの関わり」

6月17日に報告を終えました、2年の篠澤です。
今回は、「会津戦争と農民階級の人たちの関わり」というテーマで報告いたしました。去年に引き続きのテーマだったので、去年得た知識なども活用できた気がします。

会津藩では、徹底した藩士子弟教育が行われていましたが、農民階級の人たちにはそれほど及んでおらず、全員がというわけではありませんでしたが、会津戦争に非協力的な農民たちが多かったということがわかりました。

今回、調べが浅くなってしまったところや、新たにでてきた疑問などを、先輩方にいただいたアドバイスやご指摘いただいたことを参考にして、次回の報告につなげていきたいと思います!

ありがとうございました。

研究報告「嘉永朋党事件における諸問題について」

こんにちは。
2年の永田です。
6月17日(土)に行なった研究発表について報告させていただきます。

今回、研究のテーマとして取り上げた「嘉永朋党事件」は、別名「お由羅騒動」や「高崎崩れ」ともよばれています。
この事件は、薩摩藩第10代藩主・島津斉興の後継を巡ったお家騒動です。
斉興の後継として藩内であげられたのは、斉興の嫡男・島津斉彬と斉興の側室であるお由羅の子・島津久光でした。

発表とレジュメの構成は事件の概説ではなく、当時の薩摩藩の財政問題(主に調所広郷の財政改革)や琉球外艦事件、また斉彬を藩主としてあげた朋党派と久光をあげた天保改革派の両派閥の人々を取り上げました。

今回の反省やご指摘いただいたことを参考にして、翔龍では、タイトルの変更や島津久光についての史料を見つけたいです。

今回は、土曜日という貴重な時間を使って、発表をさせていただきました。
発表に至るまで、小泉先生に多くのご指導をいただきました。
また発表を聞いてくださった先輩方、同期、後輩からもご指摘や質問をいただきました。
心より御礼申し上げます。
本当にありがとうございました。

最後に、
私、履修の関係で、前期の活動に参加できておりません…。後期からは、元気に活動に参加できそうです!
(後輩たちと仲良くなれるといいなぁ…)

以上で報告を終わります。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!