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Author:bakui
駒澤大学の公認団体「幕末維新史研究会」の活動ブログです。

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9月5日会津合宿

こんにちは!こんばんは!
会津合宿3日目を担当させて頂く、今年度も合宿担当3年の辻です。

台風が2日目に直撃し、3日目も天気が心配される中、曇天からのスタートとなりました。

3日目最初の見学地は会津武家屋敷です。
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「ザ・幕末!会津藩」の垂れ幕!戊辰150周年が際立ちますね!!
会津武家屋敷は江戸時代の様々な歴史的建造物が約7000坪の広大な敷地に並ぶ野外博物館です。その中でも敷地面積2400坪を有する会津藩家老、西郷頼母の邸宅を復元した家老屋敷が見どころ満載でした(家老屋敷は会津戦争の際に消失)。西郷頼母邸のあった場所は2日目に実際に足を運んだので、よりそのスケールと身分の高さが実感できました。建物の展示が主ですが資料展示もあり、錦絵皇国一新見聞誌「若松戦争」が個人的にはぐっときました。余談ですが……
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これに見覚えありませんか?後輩くんが最初に気づいてくれたのですが、そう!これは昨年行った菊屋家住宅にもあった創意工夫!武家屋敷では「角金具(すみかなぐ)」と言うそうです。菊屋家住宅にしかないモノだと思い込んでいたばかりに感動していたら、先生からメジャーな工夫だと教えて頂きました。……一つの事柄を全てと思い込んではいけないということですね、勉強になります!!

次に向かったのは天寧寺(近藤勇の墓)です。
天寧寺は、蘆名盛信が建立した寺です。天寧寺裏手の墓地には近藤勇の墓があります。これは会津戦争の際に、土方歳三が遺髪などを持って仮埋葬したと言われています。
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また、戊辰戦争の責任者として切腹した萱野権兵衛の墓もあります。残念ながら、萱野権兵衛の墓を見つけ出すことができなかったので、またの機会に、山道がぬかるんでない時に探したいと思います!

次に向かったのは會津藩校日新館です。
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日新館は会津藩士の子供たちが学ぶための学校として、鶴ヶ城の西側の道を1本隔てた場所に造られました。現在は日新館天文台跡(2日目に断念)だけが当時の場所を物語っています。今回見学した日新館は、会津若松市北部に復元されたものです。館内には当時を再現した人形などが展示してあり、藩士の子供達の教育を見学することが出来ました。切腹の作法などもあり、こんなに幼い頃から切腹を覚えるのかとなんとも言えない気持ちになってしまいました。
余談ですが、ここ日新館は、宿泊も弓道体験も出来ます。実は弓道経験者の私はこの体験を楽しみにしてました!後輩達の前でかっこよく決めたかったのですが、一中しかできなかったので、勉強も弓道ももっと精進致します。

次に向かったのは甲賀町口郭門跡です。
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会津戦争の籠城戦の際に、最初の合戦場となりました。現在は西側のみ現存しています。よくみると、石垣に弾痕が多数残されていました。

次に向かったのは長命寺です。
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長命寺には「戦死墓」というのがあり、その下には会津藩士145名が眠っています。明治に入ってから旧幕府軍の埋葬許可がおりますが、戦死者名を刻むことは許されなかったためこのように表現されました。土台となる石には、戦死墓を建てた会津藩士の名が刻まれていました。

次に向かったのは阿弥陀寺です。
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会津戦争時、阿弥陀寺周辺は激戦地となったため、会津藩士をはじめとする東軍戦死者1281名を埋葬した東軍墓地があります。また、藤田五郎(斎藤一)の墓や、移築された鶴ヶ城の天守閣御三階があります。
新選組が守っていた方面であり、城下の入り口となる重要地だったため、藤田五郎はここに墓を建てたそうです。そして、ここ東軍墓地もやはり戦死墓と刻まれていました。

次に向かったのは、会津新選組記念館です。
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ここでは新選組をはじめ、旧家や子孫があつめた資料を展示しています。2階の資料スペースには大河ドラマに協力した時の台本なども展示してありました!1階スペースはグッズ販売なのですが、中でも古銭のコーナーは男子陣が目を輝かせて釘付けになっておりました。

次に向かったのは、西軍墓地です。施錠されていたのですが、ご好意で中も見学させて頂きました。
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写真は長州藩ですが、他にも薩摩藩や大垣藩など多くの石碑が建てられていました。戦死者に多いも少ないもないのですが、やはり会津藩をはじめとする旧幕府軍と新政府軍の墓を見比べると、戦争のその後が透けて見えてくるように感じます。

そして、全ての見学を終えて会津若松から東京へ。2018年度会津合宿が終了しました。

今年は想定外に多く歩いたり、台風が直撃したりしましたが、皆さんしっかりとついて来てくれてありがとうございました!このように充実した学習・合宿が出来たのも1年から3年までがしっかりと事前学習をし、現地での体験を逃さないようにメモをとり、体で実感して来たからだと思います。至らない合宿係ではありましたが、本当にありがとうございました。
昨年の言葉を繰り返すようですが、幕維のメンバーは、学習するときはとことん学び、楽しむ時は楽しむ。というメリハリのあるチームです。日々、切磋琢磨しています。幕維の合宿は観光地では行かないような知られていない場所や、現地に行ってみないとわからないような知識を身につける事ができます。行って後悔するような事はありません。

最後に、今回の合宿では小泉先生や、福島県立博物館学芸員の栗原さんをはじめ現地の方々からも貴重なお話を聞かせて頂きました。この場を借りて、御礼申し上げます。本当にありがとうございます!
合宿で得た事を糧にし、ますます良い研究活動にしていきたいと思います。

長くなりましたが、以上で2018年度会津合宿の報告を終了します。
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9月4日 会津合宿 2日目

こんばんは。
2年の永田です。

台風の影響が心配される中2日目が始まりました。

2日目は、まず会津藩主松平家墓所に向かいました。
ここは、2代藩主保科正経から9代松平容保の墓や妻子の墓があります。この山一帯が院内御廟として国の史跡に指定されています。

ひたすら苔むした階段を登り、大きなお墓を見てきました。広さに圧倒されました。

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そこでは、なんとシカが2頭もいました!可愛かったですね。

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次に、小田山公園に行きました。
ここは、鶴ヶ城の南東約2kmの所に位置し、西軍が鶴ヶ城攻撃のための砲陣を敷いた所です。

とても広く、また、前日に見た飯盛山から見た鶴ヶ城との距離の比較などができ、とても見応えのある場所でした。下る時、けもの道ほどの狭さの道を通りとても大変でしたが面白い経験でした。

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その後は善龍寺に行きました。
この寺の門は特徴的で、竜宮作りの山門でとても印象に残っています。ここには、西郷頼母の墓やなよたけの碑などがあります。

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そして、建福寺に行きました。ここには、河井継之助の遺骨を仮埋葬した場所があるはずでしたが、なんとそれは寺の中ではなく、小田山の中腹にあるということでした。また山登りです。。(笑)

次はしばらく歩いて御薬園に向かいました。
ここは、2代藩主保科正経が庭園を作って薬草を栽培したことから始まり、園の中心には心という文字を形取った心字池があります。さまざまな植物や樹木が植わっておりとても落ち着いた気分になりました。

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御薬園を出ると、鶴ヶ城会館へ向かい昼食の時間でした。みんなでソースカツ丼や鴨南そばなどを食べました。とても美味しかったです。

その後、福島県立博物館へ向かいました。ここでは、学芸員の栗原さんが特別に解説をしてくれました。白虎隊自刃の図の服装の違いなど自分一人で見学しててはあまり意識しないところ、気づかないところまで詳しく解説してくれてとても勉強になりました。栗原さんありがとうございました。


この後は、佐川官兵衛顕彰碑を見学する予定でしたが、台風の影響もあり、予定を変更して先に鶴ヶ城を見学しました。

鶴ヶ城は昭和40(1965)年に天守閣が再建され、1階から4階までを博物館として鶴ヶ城の歴史や武器、戊辰戦争の様子などを展示してあり、5階が展望台となっています。

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展望台に登った時、台風のせいで風がとても強く髪の毛がボサボサになりました(笑)でも景色はすごく綺麗で会津の町を見下ろせました。

その後の予定(佐川官兵衛顕彰碑・日新館天文台跡)は雨風が強く断念することとなりました。西郷頼母邸跡には行きましたが、テレビの撮影をしており、遠くから写真を撮ることしかできませんでした。残念です。。

この日1日を通して山登りや博物館の中などたくさん歩き回り、私のスマホの万歩計では18kmも歩いていました!とても疲れましたね…でも、それ以上にこの日だけで皆は得るものがたくさんあったと思います。夜はいろいろありなんだかんだで楽しく、充実した1日になったと思います!


拙い文章ですが以上で2日目の報告を終わります。
3日目のブログもお楽しみに!

9月3日 会津合宿

こんにちは!

会津合宿の初日を担当させて頂きます、2年の久野です。

初日は、最初は曇りだったのですが次第に晴れ、フィールドワークをするのにはベストな一日でした!
さて、これから初日の活動を報告していきたいと思います!

まず、初めに向かったのは妙国寺です!
妙国寺は、飯盛山で自刃した白虎隊士の遺体を最初に葬った寺です。また、滝沢村の肝煎であった吉田伊惣治が、まだ若い白虎隊士の無残な姿を見て同情し、遺体を近くの妙国寺まで運び、葬りました。

これが、白虎隊士の仮埋葬地です。

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次に向かったのは、旧滝沢本陣です!
ここは、藩祖保科正之を祀る土津神社へ参詣する際や、歴代会津藩主の領内巡視の際の休息所などに用いられました。また、戊辰戦争では、松平容保が自ら出陣したことでも知られています。

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内部には、今でも当時の弾痕や刀傷の後が10数ヶ所残っています。

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他にも、参勤交代で使用された道具類が古文書とともに保管されていますが、保存の仕方において疑問に感じることがありました。

次に向かったのは、白虎隊伝承史学館です!
ここでは、白虎隊をはじめ、会津藩士や新撰組ゆかりのものを中心に、明治維新における会津の立場を、5000点の展示史料で明確に展示解説しています。
史料が豊富なだけに見るのは大変でしたが、自分の目でこれだけの史料を見ることが出来てよかったと思います。

次に向かったのは、白虎隊士一九士の墓とさざえ堂です!
白虎隊士十九士の墓は、会津若松市街から東に位置する飯盛山の山中にあります。ここには、新政府軍に敗れ、白虎隊士らが退却してきた後に自決し、果てていった白虎隊士最後の地です。

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20名の隊士らは皆自刃していきましたが、この時奇跡的に命を落とさず蘇生した飯沼貞吉は昭和6年まで生き、白虎隊士らの壮絶な自刃の様を伝えました。

さざえ堂は、入口から出口まで人とすれ違うことがない、不思議な構造になっています。

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私は以前訪れたことがあり、身長が伸びたためか中は狭く感じ、とても懐かしいものでした。

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最後に向かったのは、白虎隊記念館です!
白虎隊記念館は、会津若松出身の弁護士、故早川喜代次の「白虎隊をはじめとした会津藩の悲劇を後世に伝えたい」という思いから、昭和31年4月に創立されました。
記念館には、白虎隊に関する資料はもちろんのこと、会津藩や新撰組、新政府軍など戊辰戦争に関する約12000点に及ぶ史料が収蔵されています。

また、受付の方は歴史学を学んでいたそうで、歴史の見方など、丁寧にお話して下さりました。


そして、無事に初日の日程は終わり、ホテルに向かいました。
一日でかなりの距離を歩いたので、みんなへとへとでしが、夕食後しっかりとミーティングを行い今日を振り返りました。

実際に自分の目で見て感じ、考えることは写真からでは分からない今の現状を知る上でとても重要なことであり、貴重な経験でもあります。
また、それを事前学習を通しての参加により、今までよりも歴史に対して真摯に向き合うことができたのではないかと思いました。
一方で、会津にはたくさんの史料が残っていることが分かり、驚きました。



以上で初日の報告を終わります。
次は2日目です。
頑張りましょう。

8月1・2日 3年ゼミ合宿

こんにちは。
3年の大澤です。

変化球のような台風も過ぎ去り、いよいよ夏が本気を出してきたような天気が続いていますね。
毎日暑さが厳しいですが、皆様体調にはくれぐれもお気をつけください。

さて、本日は8/1~2で行って参りました、3年ゼミ合宿についてご報告させて頂きたいと思います。

合宿地は、静岡県下田市というところです。
8/1の見学先は、毎年幕末維新史研究会もお世話になっている、玉泉寺です。
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はじめにハリス記念館の自由見学を行い、その後住職さんから下田の歴史についてお話していただきました。貴重なお話を聞かせて頂き、ありがとうございました。

玉泉寺を出発した後は、こちらも毎年お世話になっております、呑三という民宿へと向かいました。
台風の影響で金目鯛が全滅してしまったそうで、美味しい煮付けが頂けなかったのは残念でしたが、地の魚がふんだんに使われた夕食はとても美味しかったです。夕食後に行った花火も皆で楽しむことができました。
余談ですが、花火の際に、とある幕維会員に悲劇が襲いかかりました。詳細知りたい方は、大澤まで。

さて、8/2の合宿についても、私から報告致します。

2日目の見学先は、吉田松陰拘禁之跡、下田開国博物館、了仙寺、黒船ミュージアム、長楽寺、ペリー上陸の碑です。

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下田開国博物館では、学芸員の方にガイドをしていただきました!
様々なお話が聞けて、有意義な時間を過ごすことができました。

今回の合宿を通じて、下田の歴史についての知見を更に深めることが出来たと思います。

以上で、3年ゼミ合宿の報告を終わらせて頂きます。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

7月17日の活動報告

はじめまして。
今年度より幕末維新史研究会に参加させていただいている一年の中根です。
七月であるのに猛暑日が続き、体に疲れを感じる時期ですが、暑さに負けず、健やかに過ごせることをお祈りします。よろしくお願いします。


それでは7月17日の活動報告に入らせていただきます。


今回は、小川渉著『志ぐれ草紙』の一部を講読しました。
文章全体の内容としては、官軍を自称した新政府軍の行った乱暴な略奪行為の実態を会津藩側の立場から詳細に語られている内容でした。文章の読みは少しずつ慣れてきているのか、あまり苦労はしませんでしたが、一部全く内容が取れず、全体で確認しても意味を取ることが難しい箇所があったので、そのようなところを克服できるように日々精進しようと思います。


7月17日をもって前期最後の活動日を迎え、時間というものはすぐに過ぎ去ってしまうものだと実感しております。入学から早3ヶ月半、自分は分からないことだらけでしたが、先輩や先生方、そして同級生たちと触れ合い、助け合って大学生活に慣れてきたと思っています。これからもどうぞよろしくお願いします。


以上で報告を終わります。
ご覧いただきありがとうございました。